夕焼けの鳥栖駅

DE1069(香)
PENTAX MEsuper FUJIFILM HR100
昭和60年1月5日 鳥栖駅 DE1069(香)

今日もディーゼル機関車シリーズです。このブログでは初登場のネガをスキャンしました。画質がいつもより悪いかと思います。小学4年生の冬休みに、父と何気に立っているところから父に三脚を借りて何気に写した一枚で、50mmぐらいで写した物を85mmぐらいにトリミング・回転などなど、当時の未熟な撮影技術を現在の技術でカバーしています。少しアンダーだったのが空の雰囲気を壊すさずに済んだかもしれません。今の私ならばどのように写したことでしょう。この写真・・・というよりこの日は寒い日でした。鳥栖のホームのうどんが温かくさらにおいしかったこと、寒いだろうと家を出るときに母がマフラーを巻いてくれたこと、そして、父に旧型客車が撮りたいと鳥栖駅へ連れてきてもらったこと、思い出が沢山で、機関車や客車列車たちが生き生きしていたと思います。鳥栖も機関区も客車区もあって、隣りの田代から広がる大きな操車場も健在で、下り方は、今の立体交差だけでなくと貨物線も鹿児島・長崎線の両線とそれぞれに立体交差していて配線は複雑で興味が尽きないところでした。

4番・5番乗り場の中線の6番線にたたずむDE1069(香)です。この機関車はわが町を走る筑肥線でよく見かけました。夕方、旧客を引いて西新駅付近を走る姿や室見川橋梁をわたる姿が懐かしいです。69号機のフロントの手摺も直線なのが今残っている1000番代と違って懐かしいです。この中線のDE1069は、当時の香椎機関区の運用表を見ると唐津・長崎線から来た運用?と思われます。唐津線の貨物とか写してみたかったです。

隣の小さく写っている久大線の50系も良い雰囲気を手伝っているかと思います。当時の機関車の運用表を見ると大分まで行く列車となっていて、この時間から久大線を通しで走る気の長い列車だったことが判りました。さらに当時の時刻表をめくると大分には23時台に到着と気の長い列車です。その後この列車は、晩年は設定がなくなっていましたが、平成5年のダイヤ改正で12系に置き換わった頃はまだ由布院行として走っていました。

この日は、目的の熊本行のED76の客レ(43系の旧客)から写し始めて上り2レさくらまで見送りました。停車するスハフ42の床下から立ち上がる暖房(SG)の湯気が懐かしく、また50系と違って、さらに旅情というか温かみがあるように思えます。
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石灰輸送(クリンカ)~DD511070(門)

5385レDD511070
PENTAX superA FUJICHROME RDP
平成4年9月15日 小倉駅 5385レ 門司(操)(石原町)発の黒崎行 DD511070(門)+ホキ6700.8500

今日は良い天気となりました。久しぶりにディーゼル機関車ネタです。先月、九州鉄道記念館へ「海幸・山幸」が展示されたとき、ミシンテックさんと出掛けました。その帰り道に貨物の話になりました。私が国鉄時代、石原町のクリンカ(セメント半生の状態)の貨車を門司駅で門司港から下って来るを見たことありますよ!と、言う話をすると、田ノ浦埠頭にも列車があったという話になりました。そんなこんなで懐かしくなり、ポジを探しました。写真はすでにJRになっていて、田ノ浦埠頭には姿はなく、日田彦山線の石原町と黒崎を結んでいたころです。

貨車のことはよく判りませんので、調べてみると、このクリンカを運ぶ形式は、ホキ6700というのですね。石灰石を積んでいる屋根がない無蓋車がホキ8500だそうで、日田彦山線からの貨物はこの凸凹な編成でした。

当時私は、18歳の高3。この日は、早朝に自宅を出て、東福間駅で下車。歩いて撮影地に移動して、下りブルートレインを撮影。当時、トップバッタの1レさくらが東郷を7:46通過でしたので本当に早かったです。最後にやってくるあさかぜ1号が通過後、東郷駅まで歩いて移動。小倉に立ち寄り、廃止が決まっていた西鉄の砂津車庫まで歩いて路面電車を撮影。夕方は、関門の貨物などを撮影していました。423系に揺られて移動したのも思い出です。気候も陽気でしたので窓をあけまして、入ってくる風が心地よかったです。城山峠を越えたところではウトウトと寝かかっていまて、折尾で目が覚めました。窓が開くというところが今ではあまり考えられなくなりましたね。

その後、関門のEF81の4重連単機回送を写していたのですが、いつも門司や小倉で通過するDD51貨物を見ているだけでしたので、これを撮影しようと想い午後の日が良くなる小倉駅へ再びやってきました。先頭の1070号機も検査明けで綺麗な状態でした。運転台の窓支持ゴムが黒いHゴムになって印象が変わりました。いつも原田駅で50系の客車列車を引いているのを良く見ましたが、貨物を引く姿もイイナと思いました。

あれからもうすぐ20年経とうとしているのですよね。時が経つのは早いです。

筑前内野駅に停車する客車列車。

2838レDD511029・試9821レ
PENTAX superA FUJICHROME RDPⅡ
平成7年2月14日 筑豊本線筑前内野駅
左:試9821レ DE101756+マヤ34-2009本モコ
右:2838レ 直方行(門司港行) DD511029(門)+50系本モコ

現在は原田線と愛称がついている筑豊本線の桂川~原田間の冷水峠越えの路線。単線であるこの線のその途中にある筑前内野駅にはかつて列車の交換設備がありました。2面2線の相対式ホームの駅も今は1面1線の棒線駅です。(駅構内の配線が線路1本にホームが1本の駅を棒線駅という。)この日は、左の車両が臨時で走りここで定期列車の門司港行と行き違いをしました。青い車両は線路のゆがみなどを走りながら測定する検査の車両のマヤ34という形式の車両です。

右の機関車(DD51)の屋根や客車(50系客車)の床下から暖房の蒸気が漏れています。かつてSL時代は石炭を焚いて作った蒸気を走行の動力源だけでなく、冬場の客車の暖房へと使っていました。つまりヒーターの熱源は蒸気だったのです。SLがなくなりディーゼル機関車に代わってもこの方式は引き継がれて、その後、新型在来客車(50系)も同じように方式を採用しました。東北・北陸・信州の電化区間は電気機関車からヒーターの電源を送る電気暖房式を使っていますが、東海道・山陽筋と九州の電気機関車と全国のディーゼル機関車引く客車列車はこの方式になります。このDD51の運転室の中央にその暖房用のボイラー(SG4)が積んであってそれを軽油で焚き客車へ暖房用の蒸気を送ります。なので冬場でも運転席は暑く、機関士さんが汗をかきながら運転していました。九州ではこの写真を写した3月のダイヤ改正までこの方式の暖房を使った列車が存在しました。

日中はディーゼルカー主体で1日一往復のDE10が客車を引く私の地元の旧筑肥線や電気機関車が客車を引く鹿児島本線や長崎本線でも普通客車列車ではよく見られた光景です。走行中は風があるので目立ちませんが、駅に停車すると客車の床下から蒸気が立ち上がり、窓も濡れて幻想的で、旅情感たっぷりでした。今考えると温かみがありました。

筑豊本線の50系客車の晩年

6545レDD51848.jpg
PENTAX LX+SMCP-FA*80-200mmf2.8ED FUJICHROME RDPⅡ
平成12年9月20日 筑豊本線二島~折尾 6545レ飯塚行 DD51848(門)+50系本モコ

筑豊本線の電化開業もあと1年に迫ったころ、ここは電化の対象にはなりませんが、同時に客車列車も廃止されるので、残りあと1年となりました。現在、この写真の奥の方の直線部分に本城駅があります。6545レは飯塚行で、若松を発車したころはお客さんも疎らです。折尾の一つ手前の二島駅からたくさんの学生さんが乗ってきます。
客車は冷房が効いていますが窓が空くので学生さんも窓を開けて思い思いに楽しんでいるのでしょう。この写真も先頭車両のオハフ50から大きく顔を出していました。
列車は、折尾でお客さんが一斉に入れ替わり筑豊本線を下ります。中間・直方と過ぎていくに連れて車内も静かに空いてきます。

休みなるとふらりと筑豊本線へ出掛けてこの50系の客車列車をよく写しました。この日の先頭は848号機と、民営化後に厚狭機関区から門司機関区へ転属して来て、しばらくは前面のナンバーも白色で活躍していました。国鉄末期に大量に廃車されたDD51は、門司機関区と大分運転所の1両(これも所属は大分でも門司常駐)のみの筑豊地区で使用される車両と両数も少なくなりました。残った機関車は、ナンバープレートはブロックタイプでしたので、848号の転入により、車体に切り文字が直接はりつけてある車両の復活となりました。これが来ると変化があって少しうれしかったです。

水分峠越え~久大線客車列車

1823レDE101207+12系
PENTAX LX+SMCP-FA*300mmf2.8ED FUJICHROME RDPⅡ
平成11年9月8日 久大本線野矢~由布院 1823レ由布院行(大分行) DE101207(大)+12系分オイ4B

まだまだ残暑が厳しい時期にやってきた野矢駅。この場所へは田んぼの農道があるけどどこから入るか判らず、当時、乗っていたトヨタレビンだとその農道もとても入れそうになかった路面状況でした。野矢駅から歩いていくのが一番と決め重たい機材一式を担いで歩きました。借りた300mmf2.8と自分の300mmf4のレンズと2本と万が一の場合にレンズ数本をかばんにつめて、ボディも2台と、愛用のジッツオ2型と足にひっかけるクランパーに自由雲台・そして、腰に入射光の露出計をさげてとかなり重量となりました。坂を登りきったところで息が切れました。時間がないので息を切らしながら三脚を立ててカメラを2台セット。持ってきたペットボトルを飲み干してしました。しばらく待つこと1823レが野矢駅を発車。それと同時にうす雲が太陽を遮り、残念ながら露出が1/2EV落ちてしました。DE10の力行する連続音が聞こえます。カーブの先から姿を見せて急勾配をゆっくりと歩みを進めます。久大線はその昔、D60、その前はC58が活躍していた聞きますが、水分越え厳しかったでしょうね。暑さのせいでしょうか、ここをC58(志布志の112)が復活して走ればかっこよいのにと妄想にふけっていました。撮り終えて、野矢駅に戻るとまずは自販機に直行して、再びペットボトルのジュースを飲み干しました。全身汗だくでした。そんな暑い日の思い出です。
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Yasuaki.U

Author:Yasuaki.U
ダブルエーピー青葉

宇都宮 靖顕

福岡市東区青葉1丁目1-14

TEL/FAX:092-691-7767

定休日:水曜日

ヤマハの電動アシスト自転車パスの販売をしています。ご用命は当店へ!!ご来店お待ちしています。

試乗車のヤマハパス・ナチュラL2015年モデル・キッスミニ2012年モデルを置いています。店員である私たち夫婦は2児の親で実際に前後に子供を乗せて使用しています。日常で使ってみての感想などお伝えできることも多いかと思います。チャイルドシートを前後に装備していますので、お子様を乗せての試乗もできます。この機会にぜひご来店ください。お待ちしています。

店長は幼いころから鉄道好きで、店内は鉄道写真やコレクション鉄道の部品など飾っています。写真好きでもありPENTAXファンでもあります。この日記は、私が好きな鉄道や風景写真などアップしています。もちろん仕事の販売のヤマハパスの良さもお伝えできればと思います。

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